<< 第9回文学フリマに参加します。 戯曲「ソネザキシンジュウ」導入 >>

小説「きよらなる海」冒頭

小説「きよらなる海」
新家智実

 髪の隙間から見える彼女の首筋が、かすかに汗ばんでいる。いつもは雪のように純白なはずのそれは、今日は心持ち火照って薄赤く色づいているように見えた。
 折笠弓奈(おりかさゆみな)は、本当は髪を下ろしたところの方が好みだけれど、斜め後ろからこうやって見る分には、横でまとめている今の髪型も悪くない。九月になったとは言え、まだ毎日暑い。日焼けをしていない細い首筋は、普段は真っ直ぐな黒髪に守られていて、こんな時期にしか拝めない。
 弓奈は熱心に動かしていたペンを止めた。数学の問題が解けたのだろう。周りからはもうペンの音はしない。解けた訳ではない。既に試合放棄している。
「難しい問題だったかな。では江田出来るか?」
 数学教師は弓奈の前の席の江田千歳を指名した。江田はつかえながら式を最初のところだけ答えた。
「あとは……分かりません」
 江田はきっぱり言った。江田はいつも強気な口調だけれど、たまにこういう時にギクリとさせられる。教師を怒らせてしまいそうで。教師は気にもとめないで続けた。
「そうか。惜しいところまでいったんだがな、じゃあ折笠」
「はい」
 弓奈が指名された。弓奈の声は綺麗だ。比較的高くて細い。普段からあまり声を張って話すタイプでもないけれど、授業中の声はもっと小さい。ただその小さい声で滞りなくはっきりと数式を答える。弓奈の話し方は聞いていて心地よい。
 今日は運が良い。英語と生物と数学と三回も授業中に弓奈の声が聞けた。弓奈はうちのクラスでもダントツで成績が良いから、それほど積極的な方ではないけれど指名される回数が多い。
「その通り。完璧だ。よく勉強しているな」
 数学教師は数式を答え終えた弓奈にそう言った。弓奈はどういう顔をしているだろう。困ったように笑うだろうか。それともただ困った顔をするだけだろうか。後ろからはただ首だけで軽く会釈をする様子だけが見える。
[PR]
by lol_5 | 2009-11-30 21:21 | LOLバックナンバー
<< 第9回文学フリマに参加します。 戯曲「ソネザキシンジュウ」導入 >>